久し振りの投稿となった。
3月11日に発生した東日本大震災後の3月21日に現地に入り、ほぼ6か月間休みなく専門的な被災バイタル・レコードを対象とした支援活動を行った。その後、ASEANの第2回災害WSがインドネシア国立図書館のコーディネートで11月28-30日に開催され、講師で招かれスラウェシにも足を延ばした。
そして現在、ほぼ1年振りとなったが、台湾の国立史前文化博物館の好意で台北、台東を訪問し、旧交を温めている。オーストロネシア研究がもっと加速されればと願う。
台東のカジノキ
先月、インドネシア科学アカデミーLIPIの植物学のシニア・スタッフと、ボゴールの植物園でカジノキの話題を話し合ったが、インドネシアで知られる樹木カジノキと、台湾・日本など東アジアで知られるカジノキには大きな特徴の違いがある。ラテン語で表記される学名は両者ともBroussonetia papyrifera vent で同じあるが、かくも木の特徴が異なると困惑する。
いつも台東(Taitung)で時間があると訪ねるのだが、海岸沿いに形成された森林公園で経常的に観察している琵琶湖湖畔のカジノキがある。カジノキは雌・雄が別々の木となっているが、意図的か偶然か湖畔の見晴台の左側にメスの木。右側にオスの木が植えられている。
不思議にも掲載画像のように、この12月中旬の台東の森林公園において、メスの木にたわわにカジノキの実がなり、オスの木には立派な雄花がいっぱい咲いていた。2月頃に台東各地でカジノキの結実を見た記憶が残るが、この時期に、離れたオスの木、メスの木が互いにどのように知らせ合い、花を咲かせ実をつけて子孫を残していくのか、とても神秘的なことだ。



今後、インドネシア・中部スラウェシ(Central Sulawesi)における暮らしや風物、樹皮紙(Beaten Bark Paper)の現地レポートなどを少しずつ再開していく。
# by PHILIA-kyoto | 2011-12-18 12:50 | オーストロネシアン研究 | Trackback | Comments(2)



カマサン様式の絵画(88x101cm)【画像上】が1枚。ジャワのワヤンベベールモティーフの絵画が5枚。6カ月の歳月を経て完成し、MonDecorで保存に留意した額装を行った。インドネシアの未来に残る伝統絵画が形となり、復活したことは喜ばしい。2011年2月のことであった。
毎年、早春に甘い梅の香りを風にのせて運んでくれた梅の古木達。


にも似ていて、引き寄せられる。ただし、大理の紋様は「古銭紋coin pattern」と解説されるが、パル博物館の紋様と見比べながら、どの部分を見てネーミングするかに左右される気がして、名称の精度について考えさせられた。




伝統地場産業としての経済的魅力創出と同時に、高い昔の品質への回帰、向上を促す努力をしよう。良質な原料樹木を増やし、切磋琢磨して、良質な製品を作る意欲が育ってほしい。(画像作業風景は、娘に技術を伝えようとする老婦人。乾燥作業後、二人で樹皮布を引っ張って平らに延ばす。延した後、砧打ちを行い平滑に仕上げる。)

テンテナにはIntim Danau Posoなどのホテルがあるが、新しく地元実業家が湖畔に見晴らし良く張りだしたCafe & Hotelを開設していた。名前はまだない。湖に飛び込むと透明度は高く、すぐそばに魚がたくさん見え、湖底にはシジミのような貝が多く生息していた。だが、湖の水質保全上は、この新しいホテルが本格稼働すると排水など環境問題が発生すると思われる。




ここでは、ブリリ村に残された3000年前頃と推定されるメガリティック石に刻まれていた、珍しい文様を紹介しておこう。この「花」のようなモティーフは、このBlog2010年10月20日の記事などで紹介したスラウェシの石器ビーターやメキシコのテンプロ・マヨールTemplo Mayor神殿の入口、雲南・大理のBaby carrierに残された模様に一脈通じるものがあるのではないか?いったい、何を示す模様なのか? (メガリティック石には、人物や動物の顔が刻まれたり、あるいは天体を占ったとされるピットマーク石は数あるが、花や太陽のような模様が刻まれた例は現在のところ非常に珍しい。)










このところ、中部スラウェシの「樹皮布・樹皮紙」にインドネシア国内・国外で注目が集まり、小さな風穴が開き始めてきている。


Bomba村の宿泊所からバイクで10分ほどの高台で、埋葬した骨の入った大きな陶器の壷が現時点では5個、住居の拡張工事の際に見つかった。まだ未発掘のエリアが多そうであるが、考古局の正式発掘日程が決まっていないため、応急の屋根を掛けて損傷を防いでいる。巨石時代、新石器時代などの遺跡が多い中部スラウェシであるが、発掘作業はほとんど進んでいない。
よく知られる俗化したトラジャより直線距離で150キロほど北の地域にあたる。





