Palu被災現地レポート2018 ⑧

パルのオジサン達はコーヒー大好き

  これまでに10回以上来ているパルであるが、地元ブランドのコーヒー店を意識して行くようになったのは今回が初めての経験であった。滞在先から州立博物館へ行く前に1個所、帰路に1カ所寄るようにした。古くからある店、最近出来た店。いったい何軒のコーヒー店がパル市内にはあるのだろう。
  パルに着いて最初に連れて行ってもらったのはJl.Sungai Maei no.7のHarapan Indah。地元のオジさん達で混んでいた。パルではフランチャイズのグループが複数あるが、ほとんどの店は「炭火」で大きな寸胴鍋に湯を沸かし、SurikayaジャムのRoti Bakar(トーストパン)の焼き目をつけるのに使っている。そして、3つの大きなアルミ缶を備え、コーヒー粉・紅茶・砂糖を入れるのに使うスタイルが共通して定着していた。
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  コーヒー文化が昔から浸透しているようで、仕事前に寄っていく人も多く、朝の6時頃から営業している店も結構ある。昔からの店はどこも地元Sigi産のコーヒー豆を使用しKulawiかNapuのどちらかの地域から運ばれてくる。
  入れ方は、大きな布フイルターに細かい粉を入れ、ヒシャクで熱湯を注ぎ、時々棒で拡販して大きなポットに入れて、それから個々のグラスに注いでいた。 注文が1,2杯だと大きな布フイルターから直接グラスに注ぎ入れることもある。
  飲み方として、ほとんどは、グラスにコーヒーを注いだ後に工業製品の缶コンデンス・ミルクを1cmほど注ぎ入れて客に出され、その後にスプーンで丁寧にコーヒー液とミルクを混ぜ合わせ、その工程そのものを愉しんでいるようだ。昔からのコーヒー店の朝の定番は、黄色いNasi Kuning(サフラン・ライㇲ)かRoti Bakar(トーストパン)だ。スマトラ島アチェの住人もコーヒー好きだが、アチェの方がコーヒー店で売られる手製菓子の種類も多く豊かな食文化に思えた。
   3日目の夕方に寄ったコーヒー店は、Aweng Coffee / SIS Aljufrieだ。広い打ちっぱなしの庭にがっしりした木製のテーブルと椅子が並べられ、ゆったりした構えの店だ。店内には昔の街並みの写真が飾ってあり、独立前には日本人経営の映画館「FUJIYAMA」の看板も写っていた。
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  パルの老舗のコーヒー店が、いずれも中国系の人によって創業されたというのも、何か事情があったのだろう。
  ジャカルタに戻る前の夕方に、州立博物館であった若いアーティストらから教えられたKOPI TAROに行った。住宅街の一角にある落ち着いたお店で、各地のコーヒー豆を置いていたが、入れ方はベトナムのアルミ製フイルターで時間をかけて入れていた。コーヒーだけのKopi Hitamもあったが、コンデンスミルクを1cmほど入れるKopi Susuを頼んだ。何軒もコーヒ―店をはしごしての印象出は、地元の人々はコーヒーの味を愉しみ、香りにはあまり頓着していないように思えた。
  かって秘境ともされるLore地域を旅した時に、小さな農家の庭に植えられたコーヒーの木から採取した豆を鍋でローストし、石で細かく挽いてコップに入れ、お湯を注いで粉が沈んでから上澄みを飲むKopi deburukという方法で出してくれた。いつごろ、スラウェシにコーヒーの苗木が持ち込まれ、栽培が始まり、住民らも飲むようになったのだろうか? パルの大災害が契機となって、関心をもつようになったパルやシギのコーヒー文化。 チャンスがあれば、もう少し掘り下げて探求してみたい。

  

by PHILIA-kyoto | 2018-11-25 06:27 | 中部スラウェシ地震・津波・液状化災害20  

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