メキシコ・マヤの樹皮紙

 NHKなどが主催する「インカ、マヤ、アステカ展」をご覧になった方々は多いと思います。f0148999_2214373.jpg
その展示に「王が性器を傷つけ流した血を王妃が紙で受ける」という、「紙」という言葉が使われた数少ない説明があります。
 この「紙」は、今よく知られるタイプのものではなく「樹皮紙」だったのです。
驚くことですが、西暦5世紀頃にはマヤでは年間50万枚ほどの樹皮紙が王の元に集められ使われた、という記録もあるようです。f0148999_2217403.jpg

 






 


    筆者らはここ数年インドネシアで行ってきた樹皮紙(Daluwang)文化のフィールド調査と、進んできたオーストロネシア語族の移動に関する研究や展示会などとの交差によって、今は歴史の彼方に埋もれてしまった「樹皮紙」(Bark Cloth Paper)文化がユーラシア大陸、新大陸など世界的に広がっていた可能性を強く意識するようになってきました。
 詳細はもう少し調査が進まなければ公表できませんが、樹皮布から派生した樹皮紙文化が世界に開花していた事を推察させる新石器時代以降のマヤ、スラウェシ、台湾の石製道具(Stone Beater)の画像をいくつか紹介しておきます。ジャワ島には別のタイプのビータが存在します。ひょっとすると、日本の遺跡からも同じような石器が出土しているかもしれません。
f0148999_22231916.jpg

f0148999_22271418.jpg

[PR]

by PHILIA-kyoto | 2007-10-21 22:46  

<< 映画Peace Bed 災害対応の期待される動向 >>