悲しみの国立故宮博物院

台北にて
 連日大勢の見学者で溢れる国立故宮博物院。f0148999_10412293.jpg

 日本人観光客や修学旅行生の人数も多いが、台湾人の老若男女の訪問も多く、また子供たちの団体鑑賞も盛んだ。

 所蔵資料が60万点を越えるとされる台北の国立故宮博物院を訪問するたびに、古代からの中国文物の壮大さ、立派さに感動を覚えたものだった。

 周知のように、故宮博物院は元々は北京の紫禁城にあった清朝所蔵の美術工芸品を一般公開したのが最初である。その後日本軍の進駐や国共内戦の激化で重要文物の疎開が繰り返され、ついには1948年の秋に、中華民国政府の手で2972箱の精選した一部美術工芸品が台北に運ばれたとされる。1925年創設期の調査では117万点余の所蔵品を有したとされることから、点数的には半数ほどが中国本土から台北に運ばれた勘定となる。

 だが、回数を重ねて見学をする中で、奇妙な感覚「悲しみ」を味わうこととなった。

 この博物館は、台湾の首都「台北」に存在する国立故宮博物院だ。なのに、なぜ、展示品のみならず、その解説にも「台湾の足元の遺跡・発掘品等々」に触れたものが皆無なのか?
 すでに、古代に限っても、台湾には数多くの古代遺跡から発掘された世界的に一級の出土品が見つかっているのに。その一端は、台東の国立台湾史前文化博物館にも展示されているではないか。

 政治的な理由が多分にある台湾の情況であるが、先の民進党時代の8年間にも、ここ国立故宮博物院の展示品や解説に、「奇妙さ」を改善する処置が講じられなかったことは、奇奇怪怪な台湾の内情を示しているのかもしれない。

 しかし、政治には政治の制約があるとしても、学術的な面から、台湾の子供たちの未来のために、対立を超えて台湾の足元で発見されている世界一級の遺跡出土品や古代の文化・文物を展示・紹介、あるいは解説の一隅に書き加えることに、国立故宮博物院が一切タッチしない、という現在の姿は大きな悲しみと考えられる。

 国立故宮博物院だけを見て育った台湾の子供たちは、台湾の足元で発見された世界一級の古代からの文化・文物について、知る機会は遠のき、歪んだ歴史認識を増幅させていくことだろう。
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by PHILIA-kyoto | 2008-12-19 10:49  

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