カテゴリ:樹皮紙・現地情報2009( 1 )

 

Bali島にて

知的貧困の楽園 バリ島

  インドネシアのバリ島を愛し、すばらしい楽園と思っておられる方々には、許しがたいタイトルかもしれない。しかし、宗教的にも敬虔で熱心なバリのヒンドゥー教そのものが、日々美を競い、外観的には美しい華を咲かせようとも、根を腐らせ、失っていくと、その巨大な木も勢いを失い、いつかは空洞になっていくはずだ。
  バリのヒンドゥー教は、今やその道を邁進しているように見える。

  その点は、置いておくとして、バリ島の樹皮紙についての現状を報告しておこう。かっては、日常的にヒンドゥー教社会の中で多用されてきたであろう樹皮紙ウランタガUlantagaであるが、ヒンドゥー教聖職者の間でも「高価である」「入手難である」という点を考慮し、葬儀Ngabenにおいての庶民層での使用を、聖水をかけた小さな樹皮紙の切り紙鳥で容認する方針をかなり前から採用した。このことから、布や洋紙が代用され、急速にウランタガはバリのヒンドゥー教社会から忘れられていったと思われる。

  では、ウランタガはヒンドゥー教の大事な葬儀Ngabenで使わなくてもよいものだったのだろうか? 多くのヒンドゥー教聖職者は耳目を塞いでいるが、一部の聖職者は古代ジャワのロンタール文書「Pujastawa Wedana」の中に、ウランタガが悪霊Sang Buta Gigilaから死者の魂を守り、持っていかれることを防ぐものであることを記述していることを記憶し、不安を抑えている。ウランタガがどういうものであるかは、11世紀ころの古代ジャワ文書「Arjuna Wiwaha」にDluwangとUlantagaの説明がなされているなど、いくつもの古文献に源を発する、とされる。
  この件については、デンパサールにあるDwijendra Univ./Faculty of Lawが主催し、2010年1月3日に開催されたシンポジウム「The Meaning of Ngaben Ceremony for Hindu's Life in Globalization Era」でNgabenにおけるUlantagaの重要性についての指摘が幾人もからなされていた。

  Ulantagaはヒンドゥー教儀礼で用いられるだけでなく、絵画用にも用いられたようであるが、現存するものは少なく、現在ウブドのNeka美術館、 ARMA美術館、 Puri Luikisan美術館などと個人蔵で10点ほどしか見つかっていない。以前、アメリカのオークションでA1サイズほどで80万円から250万円ほどの値がついたそうだ。今やレアもの扱いとなってしまった。

  ウランタガは、今後のバリのヒンドゥー教社会の行方にどのような影響を与えるか、日本の研究者にはあまり知られていないが、樹皮紙の先達として見守っていきたい。

  なお、インドネシアで発行されている評判の邦人情報誌『さらさ』62号(2010年1月号)「華子の部屋」に、写真を多く載せウランタガに触れた面白い記事があった。

※しばらくの間、画像を扱えないため、後日追加補充する。

追記:
   国立インドネシア大学(UI)のWebサイト
  
 www.research.ui.ac.id/v1/images/stories/studium_generale/sakamoto.ppt
に、同大学重点研究の紹介があり、インドネシアの樹皮布/樹皮紙の地域・時代的呼称であるFuya,Dluwang, Ulantagaについての希少な画像が掲載されていた。無許可掲載と思われるが…(パワーポイント・ソフトが必要。) (2010年1月11日記)
 
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by PHILIA-kyoto | 2009-12-25 00:35 | 樹皮紙・現地情報2009