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Palu被災現地レポート2018 ①

Palu湾津波Bomba Taluのこと

  津波被災地パルに来て最初に驚いたのは、津波は外海からではなく湾の中央付近(南端から約25km付近)で盛り上がって、周辺、そして南北に高まり押し寄せていったという説明にだ。
  現地Kaili語で津波のことをBombaTaluと言い、その意味は「three wave 3度の波」で、今回地震発生から5分位で第一波が押し寄せ、第二波、第三波の間隔も5分程だったと南端部にいた人は語る。
  海岸沿いに社屋のあるRadar Sulteng新聞社の女性記者は、地震時に社で仕事をしていた。地震直後に停電し、海の方から大きな航空機の騒音のような音が聴こえ、鳥達がバタバタと飛び立つ異常に気づき、すぐに暗闇の中で机の上に置いていた携帯を手探りで探し、裏山に走って逃げて間一髪で助かった。
  湾の中央付近で盛り上がって発生した津波の様子を、離陸直後のBatik航空のパイロットが撮影しておりYoutubeで見られる。
  これまで抱いていた津波のイメージとまったく違った様相のパル湾大津波は、Masjid Tua Waniモスクの目前で起こり、下の画像のように周辺家屋は損壊・消失したが、モスクは奇跡的に残った。 モスク内部は美しく、現在も使われている。
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  本務の博物館の地震被災コレクションや被災デジタルサーバー等のことは順次報告していきたい。Pengawuにて《Senior Paper Conservator Sakamoto》

*本稿は2018.10.23JKTにてタイトル変更、画像追加を行った。

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by PHILIA-kyoto | 2018-10-16 05:58 | 中部スラウェシ地震・津波・液状化災害20  

Bulili村の伝統樹皮布コスチューム復元

子供達の笑顔④

  「まだ間に合うプロジェクト」の実施を発想したのは、2008年の現地調査の折に通ったノモ村の学校で伝統ダンスを練習する子供たちの様子を見せてもらい、先生方から「樹皮服を着せて伝統ダンスを踊らせたい」という熱心な声が寄せられた時であった。急速に変貌して行く現地への危機感と恩返しの気持ちで、現地を知る研究者の知識とネットワークを使って、何か恩返しの真似ごとをしたい、と考えていた。明日では、もう手遅れになって出来なくなることも、いま始めれば「間に合う」こともありそうだ。

  一番目の実施は、ノモ村でなくブリリBulili村となった。

  課題は、年配の先生方にも記憶がないほど数十年も樹皮布コスチュームを製作したことがなく、マテリアルを誰が作るか、誰が縫製するか、誰が刺繍や紋様を描くか、誰が首飾りなどを作るか??村々に昔は存在した職能分担が喪失してしまったのだ。奇妙なことだが、村の人よりも、今は研究者の情報の方が奥深い場合がある。
  近隣で一番いい仕事をしてくれる熟練世代の候補者の名前を挙げて、プロジェクトを担う先生方と協議し、一歩ずつ事を進めていった。残念ながら、村に長期滞在できないことから、算出された総額を校長先生に託し、4ヶ月後の独立記念日を目標に完成を急ぐこととなった。

  それから、どうなったか……

  約束した8月17日の独立記念日には行けなかったが、長期休暇中であった8月26日(木)に学校を訪問。校長先生は、新調なった踊り子用12着、楽士用4着の仕上がった樹皮服を見せて下さった。(よく見ると、まだ4着分の装飾作業が済んでいなかったが。)f0148999_8444427.jpg

  28日の土曜日は、心配した天気も晴天となった。新調したカジノキの白い樹皮を叩き延して作った樹皮布コスチュームを着て子供達が伝統ダンスを踊って見せてくれる日だ。校庭に生えた草を牛が食むのどかな朝。校舎の周囲には、見物に集まった村民たちが大勢見えた。インドネシア国旗を先頭に、ゴングをもった男子生徒が続き、この地域に伝わるデロ・ダンスが始まった。忘れられていた記憶や技術が戻り、結集して今日の日を迎えたのだから、よくまとまって頑張った。f0148999_8461737.jpg

  踊る子供達の、愉しそうな表情。明るい。小一時間でダンスのお披露目は終了した。

  新調した樹皮服を着て踊った子供達に、「服の着心地は?」と聞くと、どの子も「着心地いい!」と言って、脱ごうとしない。とっても、晴れやかで、自慢げだ。まだ、間に合った。
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  他の村々の学校でも、伝統ダンス用に樹皮服を新調したい声はあるようだが、実現していくには、地域毎にコーディネートし、人を発掘し資金を確保していくことが必須となる。
  樹皮服を着て伝統ダンスを踊る未来を担う子供達が、ロレ地域の村々に広がってほしい、と夢見る。
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by PHILIA-kyoto | 2010-10-12 09:00 | スラウェシ現地情報2010  

スラウェシ最大のSepe巨石像

セペ(Sepe)の巨石像は泣いている

  日本のテレビ映像でも何度か紹介されたスラウェシ中部の「セペの巨石像」を見に寄った。

今回のルートは、道幅が狭く「けもの道」のような悪路で、ジープも入れずバイクで移動した。橋がなく、丸木舟を3艘連結させて、バイクや人が乗れるようにした渡船を使ったり、少し雨が降るとぬかるんで、登り下りの場所では滑る連続で、本格的な雨季の時期の旅の大変さを思った。f0148999_1225199.jpg












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   セペに着いた時は快晴で、ギラギラ照りつける強烈な太陽に曝されたスラウェシ最大サイズの4m余の巨石像と対面した。女性像で、やさしい顔立ちだった。
  だが、強烈な太陽と雨季の激しい雨量に365日曝され、隣接の休憩小屋の周囲には空き缶やゴミが散乱する状態で立つセペの巨石像。スラウェシで最も大きく、シンボルとされるセペの巨石像であるが、強烈な太陽光線と雨季の雨とカビの浸食で、確実に風化、損傷は進んでいる。
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  数千年の歳月を生き抜いてきたスラウェシの最も代表的なセペの巨石像を守るために、他の地域で講じられているような、材木や棕櫚の葉などの天然素材を使った美観に配慮した「覆い屋根」を造ってほしいと願われた。短時間の滞在で、もっと緊急に必要な対策ながら、気がつかなかったこともあるかもしれない。
 セペの巨石像を守る方策が、一日も早く講じられることを願う !!
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by PHILIA-kyoto | 2009-12-05 12:20 | スラウェシ現地情報2010