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歴史上初めて樹皮紙絵巻Wayang Beberの製作時期が明らかに

歴史上初めて樹皮紙絵巻Wayang Beberの製作時期が科学的に明らかに !!

  今では世界に3か所しか現存が知られていないカジノキ樹皮を用いた絵巻Wayang beberの製作時期について、諸説が出されてきた。最近では、クロアチアの2人の文化人類学者が以下のような見解を出していた。
  「歴史家ラデン・マス・サイドによると、パチタンの6巻から成るジョコ・クンバン・クニンの物語の絵巻ワヤンベベルは、17世紀末に Sunan Mangkurat II王により注文され製作された。そしてウォノサリの絵巻ワヤンベベルは、Sunan Paku Buwono II王の下で18世紀初めに製作された」と。そして現在の2つの村に継承されるに至った経緯が、膨大な先行調査研究の文献や史料を読み込みインタビューを行い、たどりついた成果として記された。

  それらの先行文献調査研究に対し、日本側の保存修復支援チームでは科学調査研究の実現に尽力してきた。

  この時点で、放射性炭素年代測定法を用い明らかになった事をテスト値であるがお知らせしておく。世界の異なる2か所からの試料は、ほぼ似た14-17世紀の製作時期を示した。これまで、科学的根拠に欠くWayang Beber製作時期の調査研究しか無かったのに対し、やっと放射性炭素年代測定結果に基づくデータが得られたのだ。
  夢のようであり画期的なことだ。 以下は、テスト値と同時に公表された説明である。
  Radiocarbon dating of the beaten bark cloth/papermaterials as Tapa was conducted at Laboratory of Radiocarbon dating,The University Museum, The University of Tokyo (LRD.UMUT). Thesamples were treated with ultrasonic cleaning and Acid-Base-Acidmethod for removing contaminants, and then converted to graphitetargets using a graphite preparation system at LRD.UMUT. Since recent accelerator mass spectrometry are measurable from 1 mg to 0.1 mg of graphite, age determination of minimal sample fragments is possible. Trial experimental results fell into the range of the 14th-17th century AD.
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  日本側の数人の努力で樹皮紙Beaten Bark素材のDNA分析や放射性炭素年代測定が実施されてきた。今後、実施事例が増え、学術調査研究が本格化していくことが願われる。

<画像は、厚さ0.07mmほどの透けるような樹皮紙Beaten barkを用いたWayang Beber絵巻>

  さらに測定データの誤差が縮まると思われる本測定の結果は、以下の機関により2018年12月7日にロンドンのKew植物園で開催される「Conservation of Barkcloth Material:One day symposium on the conservation of barkcloth from any part of the world 」で報告される予定である。乞うご期待!!
Arts & Humanities Research Council University of Glasgow Royal Botanic Gardens, Kew Smithsonian Institution National Museum of Natural History
**本投稿のレイアウト等を、2018年9月23日15:30に変更した。」
  


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by PHILIA-kyoto | 2018-09-22 18:18 | ワヤン・ベベル  

樹皮紙製絵巻Wayang Beberの保存修復支援は続く

ジャカルタWayang博物館での支援活動公開ギャザリング

  ユネスコの世界無形遺産として登録されたインドネシアの伝統芸能ワヤンの中で最も古い源流に位置し、芸能性と共にその絵巻自体に秘められた儀礼性、神聖性が注目される絵巻ワヤンベベル。
  今や、オランダのライデン国立民族学博物館とインドネシアの2か所の村パチタンとウォノサリの世界3か所にしか現存が確認されていない、非常に希少な歴史遺産となっている。
 その歴史については、様々な先行調査研究があるが、どうも間接的な史料や伝聞によるものが多く、精彩を欠く印象が強い。
  2002-3年に吉備国際大学文化財修復国際協力学科留学生であったTeguh Sehanuddinさんにより、モノ自体にフォーカスしたワヤンベベル絵巻及び絵巻素材のダルアン樹皮紙(最新の調査研究では、ワヤンベベル用にはダルアン紙の中でも最高級品質のポノロゴ紙が使われた、とする)に関する画期的なフイールド調査が実施され、2004年にIdentifikasi Naskah dan Kertas Dluwangと題しまとめられた。
  今次の国際交流基金アジアセンター助成では、学術科学的な調査研究とアート芸術的な領域との”はざま”を橋渡しし、世界最高峰の技術と美しさ、そしてリチュアルな面を残してきたワヤンべベルの総合的な保存継承を支援していくとしている。
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  2018年9月28日にジャカルタWayang博物館において、3時半からバンドン・ダゴから来てくれたMufidさんと仲間達のダルアンdaluang製作実演と彼の創業から11年間の活動記録展、4時からギャザリング開催呼びかけ人の坂本勇さんから開催趣旨の説明、ユネスコ・インドネシア事務所の千葉萌絵さん、Mufidさんの製作に込めるメッセ―ジ、国際交流基金ジャカルタ事務所スタッフで坂本さんの20年前の樹皮紙調査にも同行したDianaさん、ワヤン博物館Esti館長の挨拶。その後2006年日本チーム製作ワヤンベベルPacitan記録ダイジェスト版ビデオ上映(当時のマスター撮影カセットが、今となっては非常に貴重となった事から、インドネシアで12年振りに大探索となった)。
会の様子は以下参照。
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by PHILIA-kyoto | 2018-09-19 00:15 | ワヤン・ベベル  

マヤ絵文字の刻まれた石器ビータが出現!!

マヤ絵文字の刻まれた石器ビータと対面

  成田からカナダ経由のフライトで19時間程かかって、厚い雲かスモッグに包まれた高原都市メキシコ・シティに降り立った。

   AD600-800年頃のマヤMaya古典期に使われていた、とされる世界で初めての報告例となるマヤ絵文字の刻まれた石器ビータを手に取って見るのが旅の目的だった。

   2012年5月30日付のブロッグ記事で、中国南部で4000年前頃とされるユニークな模様の刻まれた石器ビータが出土した事を画像入りで紹介したことがある。
   おそらく、封印された古代社会で樹皮紙/樹皮布に、お札の偽造防止用の透かし模様のような「光にかざさないと模様が見えない、透かし模様Water-markという発想と技術が、エジプトのパピルス全盛時期と同じ頃に、樹皮紙の痕跡が残る地域ですでに存在していた」可能性を後押しする物証がボツボツ気づかれ始めたのだろう。

   これまでにインドネシア、中国などで見つかっているユニークな模様のある石器ビータの図柄は、いずれも幾何学的模様であった。
   ところが、今回メキシコで出土した石器ビータ<画像参照>f0148999_19293360.jpgは、マヤ絵文字であり、いつか石器の両面に刻まれた絵文字の意味が解読されていくと、当時の“透かしwater-mark”加工用に模様が刻まれた石器ビータの使用目的などが解明されていく糸口になるかもしれない。  

   透かし模様を加工できるビータの報告事例は、世界全体でもまだ少ない。ことに、マヤ・アステカ期の膨大な樹皮紙の本、文書は邪教の根源として、カトリック神父らの指示で徹底的に帝国一帯で集められ広場で燃やされた。樹皮紙を製作する道具や技術も邪教のものとして厳格に廃絶されたことから、今に残る物証は非常に限られてしまった。

   とはいえ、徐々に世界各地の樹皮紙原料樹皮のDNA分析も広がる様相で、様々な観点から「樹皮紙の起源と伝播」、その使用実態についての調査研究成果が増えていくことを期待したい。


樹皮紙のメキシコ現地調査は命懸け

   感動的だったマヤ絵文字の刻まれた石器ビータと出会った翌々日に、思わぬ災難に見舞われた。

   首都メキシコ・シティから1時間ほどの高速道路上(ちょうどテオティワカン遺跡付近)で、乗っていた高速バスが武装3人組に襲われ、靴下まで脱がせて徹底的に金目のものを強奪していった。パソコン、バックアップ用HDD、携帯電話、カメラ、腕時計、財布、旅行ザックなどなど。ポケットに残っていた小さなSDメモリー・カードも3回目の身体検査で見つかり奪っていった。

   高速バス乗車時に、金属探知機で一人ひとりの所持品とボディ・チェックをし、個々の顔写真を撮影していたにも関わらず…、であった。あちこちが形骸化し、ザルなのだろう。威嚇のため、3発ほどピストルを発射した時には恐怖が走った。ネズミ男のようにフードを被った人が見えると、恐怖がよみがえる。バスもしばらくは乗れなかった。
   バス運転手によると、メキシコ各地でかなりの件数で武装強盗が出没しているとのこと。首都近郊や昼間も、危険なのは困ったものだ。 汚職や疲弊した困窮層が増えているのも、治安を悪化させる要因という。

   多くのここ数年分の2度と撮影できないフィールド調査画像については、保存バックアップ用HDDが一緒に奪われるという失態をしてしまい、ショックであり悔やまれた。

f0148999_11455876.jpg   強盗に襲われる前には、スペイン人征服者の目を逃れ、絶滅を免れた樹皮紙生産地サン・パブリトSan Pablito村を訪ねた。サン・パブリト村では、樹皮紙の基本製造技術は大きく変わってしまったが、部分的には数百年以上の歴史を引き継いでいるかもしれない。
Moraという白い樹皮の採取できる樹木も、数百年使われてきたかもしれない。そんなロマンのあるMoraの白い樹皮紙を使い、素晴らしい切り紙細工技術で仕上げた作品も、ザックに入っていて奪われてしまい惜しまれた。  <参照画像は2009年3月収集のAmate切紙細工>
   命が助かったことなのだから、再起は可能かもしれないが…。
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by PHILIA-kyoto | 2013-02-10 19:30 | マヤ・アステカの樹皮紙  

インドネシア・ジャカルタでの樹皮紙展

約100年ぶりによみがえった伝統樹皮紙絵画などの展覧会
     ~ジャカルタ Darmawangsa Hotel にて


  世界的に稀な「生きた化石」のような、新石器時代から連続的に継承されてきたインドネシア伝統の樹皮布/樹皮紙(生産基盤が残る中部スラウェシではFuyaとよばれる)の、保全と発展を願って開催される展覧会。

  会期:2012年6月14日(木)は招待者のみ。
            6月15日(金)は、午前10時~午後6時(入場は5:30まで) 入場無料

   会場は南ジャカルタのホテル・ダルマワンサ内のBemasena Club
   Jl.Darmawangsa Raya No.23, Kebayoran Baru, Jakarta

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by PHILIA-kyoto | 2012-06-08 20:26 | 身辺雑記  

新発見!!! 中国南部でも透かし模様加工用の石器ビータ

発見増える!! 透かし模様water-mark用の石器ビータ

  服飾史の知見では、古代世界では布や樹皮に「模様を描く」「図柄をプリントする」「織って模様を入れる」というような、全て“反射光”で模様を認識するものであった。
  ところが、最近の調査研究によって、新石器時代頃に、現代の高度な偽札偽造防止用などで知られる”透過光“で認識するという「透かし模様water-mark」がすでに発想され、使われていた痕跡が世界各地で見つかってきた。

  古代メキシコ(Mexico)、中部スラウェシ(Indonesia)での報告事例に続き、最新情報ではマカオ近くの中国南部の遺跡からも発見!!のニュース。
  実見したところ、メキシコ、スラウェシ同様に、石器にラタンなどで取っ手(handle)をつけられる溝が石器周囲に刻まれており、明らかに「打ち叩く」用途であったことが確認できる。4000年前頃の出土品との事。新発見の中国の模様も、一般的な樹皮を打解するためのものではなく、神秘的な透かし模様を樹皮の表面に最終段階で加工するためのものとみられる(画像参照)。f0148999_12272482.jpg


  新発見の不思議な模様の石器表面には、さらに不思議な「赤い顔料」が丁寧に筋状に塗られており、何かの聖なる儀式に使われた様相が推測できる。

  次々と、透過光でしか認識できないような高度な透かし模様技法が、メキシコ、インドネシア、中国南部で報告されるようになり、他の地域での報告事例が増えていくことが期待される。
  特に、樹皮表面に透過光でしか確認できないような透かし模様を加工するには、使用する樹種がカジノキ(Broussonetia papyrifera vent.)のような樹皮が白くて扱いやすいものでなければならず、カジノキのように世界各地に運ばれ拡散していった樹種のDNA分析などによる調査研究成果が期待される。
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by PHILIA-kyoto | 2012-05-30 12:36 | オーストロネシアン研究  

バリ島カマサンなどの伝統樹皮紙絵画復活へ

インドネシアで、ほぼ100年ぶりに伝統樹皮紙絵画復活

  インドネシアのジャワ島ではダルワンDaluwang(表記は種々ある)、バリ島ではウランタガUlantagaとよばれる樹皮紙Beaten Bark Paperに伝統絵画が古来より描かれてきたが、100年ほど前にキャンバスやコットン布の導入で途絶していた。

  絵画を描く素材となる樹皮紙の手掛かりを求めることから、復活作業は始まった。日本人研究者と学生らを中心とした約13年間の地道な文献および現地調査を経て、ジャワ島中部のガルートGarutに今もダルワンを作る1家族が居ることを確認でき、探索の大きな手掛かりとなったが、その製作する樹皮紙は、とても絵画素材に使える品質ではなかった。
そこで、良質な絵画用樹皮紙素材を入手するために、2つの方策を講じた。

  1つ目は、ガルートに近いバンドンBandungで、ガルートと同様の道具を使って、紙漉きを生業としていた若手アーティストに依頼し、良質な樹皮紙を復元する方策。

  2つ目は、今も樹皮布制作を続けている秘境地域の中部スラウェシで良質な生産品を探す方策。この中部スラウェシでの数回の旅により、崩壊寸前の伝統的な樹皮布/樹皮紙生産の実態が明らかになり、加えて前世代の婦人たちが制作したような均質で汚れなどのない良質な製品を作れる技術者がほとんど居なくなっていることも明らかとなった。
  そのため、何度も現地の村に入り、対話を重ねて試行を繰り返し、今回はアサさん(84歳)、イネさん(75歳)の二人が作った樹皮布/樹皮紙を、バリ島、ジャワ島での伝統絵画用の素材とした。

  バリ島カマサンKamasan Paintingおよびジャワ島のワヤンベベールWayang Beberのモティーフを描ける絵師の探索と選定には1年以上を費やし、訪問対話の上で試作を描いてもらうなどのプロセスを経て、今回の復活制作に臨んでもらった。

f0148999_10151430.jpg  カマサン様式の絵画(88x101cm)【画像上】が1枚。ジャワのワヤンベベールモティーフの絵画が5枚。6カ月の歳月を経て完成し、MonDecorで保存に留意した額装を行った。インドネシアの未来に残る伝統絵画が形となり、復活したことは喜ばしい。2011年2月のことであった。
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by PHILIA-kyoto | 2011-03-11 10:26 | 樹皮紙・現地情報2011  

スラウェシ慕情

中部スラウェシは雨季

  2011年のインドネシアからの便りは、「各地で雨がよく降っている」というものが多い。中部スラウェシも雨季のこの時期には、道路は各所で土砂崩れで寸断され、通行が危険となり、車での往来は激減する。例年雨季の終わる3月頃まで旅行者は現地入りを敬遠する。
  今年は、どのような状況となるのだろうか?

  新たな年を迎え、このブロッグをここまで続けてこられた事を感謝するとともに、関係者は老齢化で“活力”がなくなり、情報発信がだんだん難しくなっていくことを想う。

  樹皮紙/樹皮布を調べていく過程で出逢った「オーストロネシア語族Austronesian」。世界中に海を伝って拡散していった彼らの精神性、創造性には驚かされることが多々あり、その埋もれた実像を少しでも探求していきたいと思うが、現実は氷山の隅っこを垣間見たに過ぎない。

  樹皮紙/樹皮布は新石器時代からの石器ビーターstone beaterが各地に残り、原料となったカジノキBroussonetia papyriferaのDNAを解析した伝播ルート解明が可能で、民族学・言語学的痕跡など複合的な調査研究ができる貴重な題材であり、オーストロネシア語族研究のキーワードのひとつとなる。
  現状では、源流にあると考えられる中国大陸南部から台湾地域、そして拡散の道筋となった東南アジア、太平洋の島しょう地域とアフリカ大陸、そして新大陸を横断的に視野においた樹皮紙/樹皮布の総合的な調査研究はこれまでなく、今後の調査研究に委ねられる。

  今のところ、世界で唯一「生きた化石」のような痕跡が多々見つかっている中部スラウェシ地域からの成果は、新大陸との関連性を考察する上で魅力的に思える。
  
  樹皮紙/樹皮布に透かし模様water-markを加工する技法を教えてくれたバダの老婆も93歳となり、中部スラウェシにも押し寄せ始めた近代化の大波とも関係し、様々な地域において過去を知るための「時間との競争」が繰り広げられていることを思う。

  ひとりでも多くの人が「時間との競争」に関心をもち、限られた経済的、人的資源が有効に投入され用いられていくことを願っている。

  実に多くの懸案・課題が横たわっているが、中部スラウェシ・ブリリBulili村の子供達のように、未来に希望を灯し、技術や伝承を継承していく可能性のある人材を発掘し、支援を続けられればと夢見る。
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by PHILIA-kyoto | 2011-01-05 11:38 | オーストロネシアン研究  

難渋するワヤンベベールの復元準備作業

ジャカルタのギャラリーで展示とミニ・レクチャー

  東京・王子の紙の博物館で2010年6月、盛況裏に開催された企画展「新石器時代から花開いた樹皮紙の美」。その後、インドネシアに2セットしか残っていない樹皮紙に描かれた≪ワヤンベベールWayang Beber≫の困難な復元準備作業が一歩ずつ現地で進んでいる。現存する2セットは、長年の使用と高温・多湿の保管環境により、劣化損傷が著しい現状となっている。<下画像は、東ジャワでのワヤンベベール上演風景>f0148999_10462364.jpg

  100年以上の空白から、幅75cmで4mもの長さのワヤンベベール用の樹皮紙を製作できる熟練者が見つからなくなっており、中部スラウェシで製作可能な製作者を数年かけて探し求めてきた。84歳と75歳の二人の婦人の製作技術が目を引いたことから、カジノキの原料を各地から集め、テスト的な製作を依頼してきた。だが、石器ビーターでカジノキの樹皮を叩き延していくことから、4mもの長さの樹皮布をこれまで作った経験がないと、その壁を越えるのは意外と難しい現況だ。また、50年前頃のものでは存在した、巻取り可能に平坦に仕上げることが中々出来ない。さらに、一カ月ほど要する工程のどこかで、飛び交う調理の煤や汚れが付着し、製品とならなくなる…などなど、実際やり始めてみると、予想をはるかに越えて難渋している。
  また、伝統モティーフを描く絵具が、ジャワ島でもバリ島でも「アクリル絵の具など」の新素材に占領され、古来の絵の具traditional pigment & dyeの製法が消えかけている(あるいは、消えてしまった)。これは、深刻な問題で、個人でどうのこうの出来るレベルではなくなっていた。この問題は、世界無形遺産に登録されたインドネシア・バティックにも共通するようで、次の一手を考えなければならない。f0148999_1050352.jpg

  インドネシアの地元では、あまり深みのある調査研究や危機感をもった活動に出会えないが、やはり地元なので、外からの情報や刺激を注いでいかなければならない。
  ということで、ミニ・レクチャーと展示会exhibitionをジャカルタJakartaのギャラリーで行った。展示した樹皮紙に描いた作品は、260x125cm, 220x128cmの大きなものと、69x50cmのもの3点、バリ島伝統のカマサンstyle2点の計7点。

  私どもの世代で、あと何枚このような作品が製作できるのか? 夢見る、古来の素材、絵の具を使った作品は、果たして、いつ実現できるのか?
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by PHILIA-kyoto | 2010-10-13 11:09  

東京・紙の博物館 企画展の会期もあと1週間

百聞は一見に如かず

  東京・紙の博物館で2010年7月4日(日)まで開催中の樹皮紙についての企画展ほど、頭でイメージしていたモノと展示されている実物との違いに驚いたことはなかった。

  「樹皮紙」って知らなかったし、見たこともない人多いですね。

  実際に見学し、日本の考古学や文化人類学、東南アジア研究者などの、専門家の方々は見る必要があると思った。
  こんなに素晴らしい、高度な樹皮紙、樹皮布を作ることができた古代の人々。その主な担い手であったと考えられる新石器時代に海に飛躍したオーストロネシア語族Austronesian。
  GPSもない新石器時代に、現代の技術でも恐れられる荒海に漕ぎだしていった勇気と技術力。
  そのすごさ、想像できますか??

  「紙」の起源を考える上でも一石を投じる企画展の展示品と展示説明だった。

毎日新聞の6月22日の朝刊記事(http://mainichi.jp/enta/art/news/20100622k0000m040033000c.html)を見て来たグループの方々とも会った。あまり知られていない「紙の博物館」での企画展なので、他の大手新聞でも紹介されたら情報は広がり、追い風になるだろう。

※おどろきましたが、その後、6月29日の朝日新聞朝刊(東京版のみ)と翌30日の読売新聞朝刊(文化面)に、紙の博物館企画展の記事が載っていました。<行けない人も、見どころが分かりますね。>

  見て初めて「目からウロコが落ちた」ような感激を味わった。 百聞は一見に如かず!!!
  企画展の会期は、7月4日(日)まで!!!

  この紙の博物館の企画展は「入門編」と紙の博物館学芸員の方は説明していた。
  いつか、興味あるマヤ、アステカの美しかった樹皮紙のこと。 日本の冷泉家などのきっこうてん(七夕行事)で、あるいは、諏訪大社の社紋にカジノキがなぜ痕跡をとどめているのか。 もっと、掘り下げた企画展が待ち望まれる。
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by PHILIA-kyoto | 2010-06-28 09:44  

豊かな「紙の科学Science of Paper 」を求めて

「紙の科学」をもっと豊かに!!

今回は、少し難しいが未来への夢の表明だ。
世界各地の樹皮紙を調べていて、もっと「紙の魅力」「紙の奥深さ」を広げなければならない、と思う。

  一般に、現在の「紙の科学Science of Paper」とは製紙のための技術的な学問であったり、紙の物性を探求する程度に留まっている。その添え物のように製紙の歴史も取り上げられているが、非常に薄っぺらな内容だ。
紙に深く関わる「アート」「造形」「修復」「伝統工芸」などの諸分野があるが、恐竜を追いかける古生物学者のような夢を抱きチャレンジする人々は見かけない。
  「紙」は夢を抱いてチャレンジする内容のない、静的で魅力の少ない世界なのだろうか?

  いいや、そうではない。
  古代からの「紙」はダイナミックで、恐竜を追いかけるように謎に満ちた、ロマンあふれる対象なのだ。その魅力を、今まで引き出せていないだけだ。

  古代の「紙の起源」と推定される「樹皮紙Beaten bark paper」のことは、古代世界の歴史に深く埋もれてしまっている。
  
  インドネシア・スラウェシNapu渓谷の樹皮布/樹皮紙に、「透かし模様」を入れる石器ビーターの存在や老人たちの記憶は、どんな未来のロマンを引き出すのだろうか?

  バリ島のヒンドゥー教徒たちが歴史にとどめる「樹皮紙Ulantaga」は、どこに起源を有するのだろうか?

  オーストロネシア語族に深く関係すると考えられる、樹皮布製作用の現存最古とされる7000年前頃の石器ビーターが、以下の記事に見られるように香港島付近で見つかっているが、中国大陸での古代における樹皮紙の使用状況や、今に痕跡をとどめる習俗などは残っていないのであろうか? 
参考:The earliest archaeological evidence for bark-cloth production is from coastal Neolithic sites in the Pearl River delta region of southeast China (Figure 2). During the 1985 excavations, archaeologists from the Shenzhen Museum(1990, 1991) recovered 14 stone beaters in the basal layers of the site of Xiantouling.The first reports dated the site between c. 4500 and 3700 BC, but recent radiocarbon dates from the fifth season of excavations push the date back to 5000 BC(Shenzhen Museum 2007).The beaters were not isolated finds; the same tool types were recovered from an additional 10 archaeological sites in the region, including the site of Dahuangsha, which has a calibrated radiocarbon age of 4680–3870 BC (Chan Hing-Wah in Shenzhen Museum 1993:Table 1). Not only are the Xiantouling finds the earliest barkcloth beaters in the archaeological record, they also form the largest assemblage of prehistoric beaters found at a single site. The concentration of early forms in this region is significant from an ‘origin’ perspective, since the coastal Neolithic of South China has long been linked to early population movements into Island Southeast Asia (Chang 1964, 1977; Bellwood 1979; Higham 2003). by Cameron


  古代の「樹皮紙」は、現代人が考える以上に技術的に高度で、美しいものであった、と思われる。

  ダイナミックで未来に夢を抱かせる「紙の科学」に発展させていきたい。


  
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by PHILIA-kyoto | 2010-01-21 20:52 | 紙の科学